経験が退屈を生む

さまざまな経験は常に自分の糧になる。と思って生きていませんか?
はたして本当にそうですかね?という話。

マズくはないが飲めないコーヒー

突然ですが、空港のラウンジと言えば飲み物が無料で提供されているのもありがたいところ。

最近リニューアルしてきれいになった羽田のラウンジでも、当然コーヒーやお茶、ジュースなどのドリンクがフリーで提供されています。

写真はありませんが、コーヒーはコンビニやホテルの朝食コーナーでよく見る圧縮抽出するマシーンで一杯ずつ抽出するタイプです。

私は普段から自分で豆挽いたりもしていますし、旅先ではかならず地元のコーヒーショップに突撃するくらいにはコーヒー好きを自認しているのですが、どうもこのラウンジのコーヒーは飲む気になれません。

別にまずいわけではないのですが、好きな味じゃないというのが正直なところ。そのため、ラウンジではいつも紅茶を飲んでいます。

ブルーボトルなどのサードウェーブコーヒーを飲んでも「薄いしすっぱい・・・・」としか感じない程度の味覚しか持ち合わせていないわたしですが、逆に言うとコーヒーにも色々な種類や香りがあることを経験上知っており、それが自分にとって好きか嫌いかという基準をもっています。

知っているから満足できない。知らないから満足できる。

つまり、もっと美味しいコーヒーを知っているから、そこそこの味のコーヒーじゃ満足できない状態になっているわけですね。

その反対に、「紅茶なんてどれも一緒だろ」と期待せず飲んでいるからこそ、ラウンジの紅茶が思いのほか美味しく感じたことが強く印象に残っていたりもします。

つまり、物事に深く精通すればするほど、同じことの繰り返しに満足することは難しくなるってことなんだと思います。

知らないことが良いことなのか

ということは、ずっと知らないままのほうが幸せってことなんでしょうか。
知らぬが仏という言葉もありますし!
経験することが自分の中に退屈を生み出すことと同義であるとするならば、それは忌むべき行為なのでしょうか。

わたしはそうは思いません。
満足できなくなったのなら、その次を目指せば良いのだと思います。

コーヒーに話をもどすと、わたしはコーヒーのウマイマズイを知ったことによって、さらに美味なるコーヒーを求める旅路へと誘われていると、半ば本気で思っています。

なんなら紅茶もいがいとイケる!ということを知ったことによって、広がりと深みを同時に視野に入れることに成功したとも言えるかもしれません。

わたしたちの生きる社会は、知らなくても良い知識や情報がどうしようもなく溢れかえっていますが、ある程度年齢を重ねた人間としては、自分の興味の方向性をしぼりつつも、そこからの広がり、深まりを楽しんで生きていきたいものです。

調べたらタダの紅茶じゃなかった

羽田のラウンジで飲んでた紅茶らしきもの。
「ジュアアルディペコ」と書いてあったので調べてみると、普通の紅茶じゃなかったみたいです。

日本空港ビルデングは、羽田空港オリジナル飲料として「ジュアアルディペコ」を9月23日より発売しています。

「ジュアアルディペコ」は、標高2,000mを超える高地にあるケニアの契約農園で無農薬栽培された豊かな香りと上品な味わいの紅茶茶葉と、南アフリカ産の無農薬ルイボスティーをブレンドした低カフェインの健康をサポートするお茶。
茶葉に含まれるポリフェノールの一種であるスーパーカテキンが豊富に含まれ、美容や健康を心がけている方におすすめであるほか、低カフェインのため、カフェインが苦手な方や大人から子どもまで安心して飲むことが出来るという。


ジュアアルディペコ

要はルイボスティーと紅茶をブレンドしたお茶ってことなんですね。

ルイボスティーと言えば、カフェインが入ってないから夜中にガバガバ飲んでも大丈夫なお茶ってことで、我が家では以前から大量に消費してます。

ケープタウンに自生するというルイボス。見に行きてえなあ・・・。

Wikipedia:ルイボス
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